近視も個性のうち?

視覚から受け取る情報だけで8割を超える
私たちは目でものを見て、文字を読み、耳で声や音を聴き、手で触れ、舌で味わい、鼻で匂いをかぐことによって、外界のさまざまな情報をキャッチして生きています。そして、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚という五感のうちでも、視覚から受け取る情報だけで8割を超えるといわれています。その視覚情報をキャッチするのは、いうまでもなく私たちの目。特に、脳にさまざまな刺激を与えて成長していく時期の子どもたちの視力が、年々悪くなっているのです。
令和2年3月に公表された「令和元年度学校保健統計」によれば、各学校で実施された健康診断の結果をもとに調査したところ、裸眼での視力が1.0より悪い子どもの割合が、小学校・中学校・高等学校で過去最多であったことがわかりました。
「裸眼視力 1.0 未満の者」の割合の推移

小学生だけの結果を見ても、昭和54(1979)年には17.91%と2割以下だったのに、40年後の令和1(2019)年には34.57%と、3人にひとりが1.0未満になっています。さらに年齢が上になると、裸眼で1.0未満は中学生では半数以上の57.47%、高校生に至っては7割近い67.64%にまで増えています。
もっとも、これは平成31年4月1日から令和元年6月30日の間に実施されたもの。コロナ禍以前の調査でも、すでにこの結果ですから、コロナ禍で、この右肩上がりの増加がさらに加速化している可能性もあります。

子どもの視力に関する診療と研究をライフワークにしている、医学博士・眼科専門医 木下望先生によれば、「これは近視の増加を反映しているデータであり、眼科医から見てきわめて危険な兆候」なのだそうです。
「お母さん、お父さんは、“子どもが近視になって黒板が見えにくくなったら、メガネをかけさせればいいし、女の子ならコンタクトレンズだってあるからだいじょうぶ”と考えているのだと思います。
しかし、そのように凹レンズ(マイナスレンス)のメガネなどで遠くが見えるように矯正しても、それは近視の進行を抑える治療ではなく、対症療法にすぎません。それどころか、むしろ近視を進ませてしまう可能性もあることがわかってきています。低年齢で近視が始まると、−6D以上の“強度近視”といわれる強い近視になる率も高くなります。
そうなると、将来的に網膜が萎縮して視力や視野に障害をきたすことになりかねません。子どもの近視は、“悪くなったらメガネをつくればいい”のではなく、“できるだけ早く見つけて、それ以上悪くならないように治療する”ことこそ重要なのです」(木下先生、以下同)
木下先生によれば、子どもの目を守るための取り組みに関して、日本は諸外国に比べて遅れているのだとか。
「シンガポールや中国、台湾などのアジア先進諸国においては、早い時期に近視を発症させないための一次予防の取り組みが10年ほど前から行われているのですが、日本は“近視も個性のうち”という古い感覚が残っていたために、対策をとるのが出遅れています」
生きていくうえで大切な、視覚の機能。子どもたちの近視を予防し、視力を健全に維持するために、上記の調査結果を受けて、文部科学省補助事業「児童生徒の健康状態サーベイランス事業」が、日本学校保健会によって実施されています。
サーベイランスとは、継続的に注意深く監視することを意味します。子どもの視力と、生活習慣に関連する項目─携帯電話やスマートフォン、読書、運動などの時間─との詳細な実態調査に基づく報告書が作成されています。これについては、あらためて別記事で紹介しましょう。
〈参考文献〉
木下 望 『近視から子どもたちの目を守れ! 近視と闘い続けた眼科医からのメッセージ』(2021年、幻冬舎)
平岡孝浩・二宮さゆり編『クリニックで始める 学童の近視抑制治療』(2021年、文光堂)
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